発達障害児の育ち方|あおの発語の後のこと




「我が子が発達障害かもしれない」と思い、このページに辿り着いたお父さん、お母さんもいるのではないでしょうか?

このサイトは、発達障害児の親による発達障害児の親のためのサイトです。

発達障害児の親の先輩として、今まで経験してきたことを分かりやすく伝えていきます。

このページでは、我が家の長女「あお」の発語があったその後のことを書きます。

発達障害児の育ち方の一例として、参考にしていただければと思います。

目次

1.ささやき声でしか話さない

あおが初めてしゃべった時のことを書いた。

発達障害児の育ち方|The Day -あおが喋った日-

今回は、その後の事を書く。

あおが「あ・ひ・る」としゃべった直後、あおの名前を見せて「これは?」と聞くと、「あ・お」と答えた。

それまで、50音のパズルで「”あ”は?」と聞くと指を指してしたので、ひらがなは全て分かっていると思っていた。

だから、「さぁこれからどんどん話すようになるぞ」と思った。

「そうすれば、他の子に追い付くかも」という期待を当時は持っていたかもしれない。

でも、それはそんなに簡単な事ではなかった。

元々ボキャブラリーは相当ため込んでいたと思うので、確かに発する言葉はどんどん増えた。

一音ずつ話すのはすぐになくなったと思うが、ささやき声で話すことは変わらなかった。

しゃべらないでいると見た目には他の子と変わらないが、そんな話し方だと変な目で見られることもあったと思う。

そうすると親は贅沢なもので、「声を出して話してくれれば」なんて思ったりもした。

3歳3ヶ月を過ぎて、やっと話すようになってくれたにも関わらず、だ。

しかも、一般的な目安としては2歳の誕生日を迎えたくらいで2語文を話すようになるらしいが、あおが発するのは単語だけだった。

あおが初めてしゃべってから、3ヶ月程度が過ぎた。

それでもあおはささやき声の単語しか話さなかった。

その頃、隣の市の保育園で発達に心配のある子を預かってくれることを知り、あおも週1回ほど通わせることにした。

今まで嫁さんとずっと一緒だったあおが、他人の中で時間を過ごすのだ。
(もちろん俺がいる時は嫁さんは出かけてましたよ)

入園するわけでも何でもないのだが、感慨深かったことを覚えている。

その保育園に通い出し、3ヶ月程経ってからだろうか。

少しずつだったと思うが、あおが声を出してしゃべるようになった。

その保育園の先生によると、「自信が出てきたのではないか」ということだった。

あおにも親のいない所で、色んな経験をさせることがよかったのかなと思った。

しゃべるのはまだ単語だけだったが、これであおも他人に挨拶することができるようになると思った。

しかし、嫁さんと俺以外の人は、あおのしゃべることを聞きとることができなかったのだ。

2.言葉がとんでもなく不明瞭

あおが声を出してしゃべるようになった!

まもなく幼稚園入園という頃のことだ。

その頃こんなことがあった。

2009年3月(あおは3歳10ヶ月)に、前の会社の先輩の家へ家族で遊びに行った。

先輩の家に入って、あおが「こんにちは」と言ったが、そこにいた全員が「え?何?」と聞き返した。

俺は、「今までずっとしゃべらなかったあおが、こんにちはと言ってるんですよ!」とは言えなかったが、どうして聞き取ってもらえないのだろう?と思っていた。

でもそれから何年もたって、「あぁそうだったんだ・・・」と理解できた。

その頃のビデオを見ると、あおのしゃべる言葉はとんでもなく不明瞭だったのだ。

「こんにちは」が「おんいいあ」としか聞こえないのだ。

これじゃあ誰にも分かってもらえなくて、当然だなと思った。

と同時にこれでも分かっていた嫁さんと俺はすごいなとも思った(笑)

その翌月の入園式に俺も行ったが、他の子が親と対等に話しているのを見てびっくりした。

“普通”の子は、この年齢でもうこんなにしゃべれるんだと。

その頃にあった出来事を嫁さんから聞いたことがある。

同じクラスの男の子が、あおに「うにゃうにゃ何言ってるか分かんねえよ」と言ったらしいのだ。
(後にその子はあおに良くしてくれるようになった)

あおは何も聞こえない、何も気にしないという感じだったが、本人は何て言われているのか分かっていたのだと思う。

その頃から、親や親戚、良くしてくれる先生以外の他人(幼稚園の同じクラスの子を含めて)には、何も話さなくなったように感じる。

3.ことばの教室と言語聴覚士

あおは幼稚園に入ってから、ことばの教室に通うことになった。

実は俺も子供の頃ことばの教室に通ったことがあり、正直いい印象はなかった。

確かに言葉の問題が表面化しているが、根本原因は発達障害なのだから、そこを何とかしないといけないのでは?とも思っていた。

しかし、そこの担当の先生は、本当によくあおを見てくれた。

あおが行方不明になったときもあおを見つけてくれたし、プライベートでもあおに会いに来てくれたこともあった。

年長になった頃、嫁さんが隣の市の市立病院に言語聴覚士がいることを知り、そこに通うようになった。

そうすると驚くことに、あおの不明瞭な発音がみるみるうちに改善していったのだ!

そこで初めて、「以前のあおの発音は不明瞭だった」ことに気がついた。

そこには半年くらいお世話になった。

しゃべらなかったあおが3歳3ヶ月頃、一音ずつ、ささやき声でしゃべるようになった。

ほどなく一音ずつしゃべることはなくなった。

半年ほどで、声を出してしゃべるようになった。

それから2年半かかって、発音の不明瞭さがなくなった。

これで他の子と同じしゃべり方になったかと言うと、そうではない。

やっぱり発音と言うかイントネーションが独特なのだ。

2歳年下の甥っ子も、「何であおちゃんはあんなしゃべり方なの?」と言うくらいだ。

でも、誰でもあおの話していることが分かるようになったのだ。

それで、いいではないか。
(内容はトンチンカンなこともあるが・・・)

それも成長するうちに、解消していくと思っている。

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